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2009年07月06日

明日にむかって漕げ!

また、ペーロンネタです。
この日は1年生の練習、2、3年生も大事ですが
「強い野母崎」を維持していく為に1年生の練習も大切です。
陸に上がってるペーロンで「エア・ペーロン」、フォームのチェック、
その後、こうして水をかいて練習です。
みんな納得いかない顔で漕いでいます。
心配しなくてもこの後、ちゃんとペーロン漕がせるって・・・

場所は釜ヶ浦「ムツ瀬」後に熊本水産などが見えます。

4地区小学校の合併に伴い、今年度限りで野母小学校は
閉校になります。閉校記念行事で古い野母小の写真を集めています。
お持ちの方は野母小又は、メールでけっこうですのでおおとり丸へお送り下さい。

koge.jpg

投稿者 miura : 2009年07月06日 04:53

コメント

成る程!納得!
この、努力があってこそ、チャンピオンと成るのですね。
一生懸命、漕いでる。
いい光景です。

「ムツ瀬」は棚と、アサリが採れよりました。

「メロンパン」も、達者に水産加工業をされてると風の便りで聞きます。この少年たちと同じく、こまか時は、元気に遊びました。

野母小の写真は、兄の家に、明治時代のが一枚あるのですが。
彼も、パソコンをしませんので・・・残念です。
 峰写真屋さんには、かなりあったはずです。
どがんか、ならんでしょうかね。

投稿者 大立神 : 2009年07月06日 14:02

これは野母のもんにとっては、黙っとれんばい。おろんが時はまだ、中学生・女子ペーロンは無かった。数年後若手も減って始まったと記憶しています。盆休みに帰省して毎日練習にあけくれた。あの氷水の回し飲みが待ち切れず・・よかったな~。彼女を連れていったはいいけど、朝から夕方までペーロン、帰ればバタン、キュウー。文句いわれたばってん、楽しかった。今は海も見違えてきれいになった。曲りの辺やろか?「じゃーふりよるけん、かっとるばい!」遠くからでもターンするとき横むくけんわかった。あの思い出。今は昔・・・なんちゃって。

投稿者 小立神 : 2009年07月06日 20:51

俺の記憶では中学生のピャーロンは昭和30年頃から始ったような,もう一度確かめて見ます。昔の写真の件ですが、峰写真屋の息子さん二人と娘さんもいましたがナカナカ住所が分りません
今度PTA会長に就任された人に会のとき皆さんにお願いするのも一考かと思いますが?

投稿者 里のもん : 2009年07月06日 22:33

野母崎といえば、野母・高浜・脇岬・樺島の
それぞれ素晴らしい個性を持つ4地区から成るのは
県外でも認識されているところでありますが、
その各地区の教育と文化のシンボル、小学校の統廃合は
とても寂しいものがありますね。

ただ小学校の統廃合は都市・地方に関わらず
避けて通れない現実となっているようです・・・。

でも野母崎は船長をはじめ、野母崎を良くしたい、と
いう方々が沢山いらっしゃって、そのエネルギーも強いので
きっと野母崎のまばゆい光が放たれると思います。

投稿者 観音寺 : 2009年07月08日 14:31

ペーロンといえばいろいろと記憶が蘇る.ハチマキのいろが白いシャツに染みてそれも又子供心にかっこいいなーと思った
腹に巻いたさらし、漁師の逞しい体にも憧れた。任侠映画に通じるかっこよさもあったのか・・・?でもスタートのしぶきと動き出すまでの一瞬の静止がよかあ~。鮮明に思い出して書かずにおれんかったばい。ゴール前の攻防興奮したなあ~。あの最後の伸びで勝った喜び忘れられん!!

投稿者 小立神 : 2009年07月08日 21:06

中学生のピャーロンは昭和28年頃から始ったそうです。
今年古希を迎えた人が云ってました。ピャーロンの昔話をすれば、まだ里の売場が石垣で斜路の頃スタート時は陸から舵を握ってました、掻きだし前の静けさ息を呑んで見てました。一瞬
飛沫で船尾の三角の朝日絵だけが見えて朝日絵がぐっと沈み
ぶるぶると船体が捩れてぐんぐんと進んで行よったばい
八駄網降りて、野母に帰って銅鑼と太鼓の音が聞えると武者震い、しよった昔に帰りたい。(ユーミンじゃない!!)

投稿者 里のもん : 2009年07月09日 16:24

いやあ~!里のもんさん、経験に裏付けされた表現感服します。まさに野母の芥川賞作家です。朝日絵のくだり、目に浮かびます。いまの交番の裏の辺にあった石の階段を漕ぎ手で運んで進水式みたいに船を降ろした光景もよみがえった。職人さんみたいに筆で朝日や矢の絵をかいていたオジサンたちも思い出した。いやあ~なつかしかばい。あの日に戻りたい.(荒井由実じゃなか!!)

投稿者 小立神 : 2009年07月16日 20:45